こういうと諸方面からひんしゅくを買いそうだけれど、perfumeを好きな気持ちに一番似ているのは「『彼女』をかわいいと思う気持ち」だ。通常のアイドルが要求する文法とは異なり、つまり瑕疵のない「偶像」に定点から憧れるのではなく、現実にいる生身の人間をどうやって好きになるのか、そのために自分はどう変容していくのかという動的体験こそが何より問われる世界。自分の見方次第で目の前の女の子はいくらでもかわいくなるしその逆もしかり。無限の可能性へ開かれた喜びと不断の自己変容を迫られる困難に挟まれた世界。それは板挟みゆえの喜びに満ちた。
perfumeの3人に「飛び抜けたぶっちぎり」がいないのはそう言った意味での必然なんだろう。それぞれが「理想の姿=完璧なアイドル像」から三者三様の魅力的なやり方で欠け落ちている。だからこそ愛らしい。天を仰いで理想に近づこうとするのではなくて、人間の世界で同じ目の高さに代え難いよろこびを見出す楽しさ。それが3人のステージには凝縮されていた。